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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)6360号 判決

甲事件原告・乙及び丙事件被告(以下「原告」という。) 窪寺忠良

右訴訟代理人弁護士 甲野太郎

甲事件被告・乙及び丙事件原告(以下「被告」という。) 須貝治一

右訴訟代理人弁護士 鈴木郁男

主文

一  被告は原告に対し、昭和四八年五月一日から昭和五〇年三月三一日まで一か月につき金五万七五〇〇円、同年四月一日から昭和五一年五月三一日まで一か月につき金一三万七二七四円の各割合による金員を支払え。

二  原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載三の土地の賃料は、昭和五一年六月一日以降一か月につき金二〇万三八一〇円であることを確認する。

三  被告は原告に対し、金五万七五〇〇円に対する昭和四八年六月から昭和五〇年四月までの毎月一日以降、金一三万七二七四円に対する同年五月から昭和五一年六月までの毎月一日以降、金一五万四八一〇円に対する同年七月から昭和五五年五月までの毎月一日以降、金一五万一二一三円に対する昭和五五年六月一日以降それぞれ完済に至るまで年一割の割合による各金員を支払え。

四  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

五  被告の乙事件及び丙事件における請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、全事件を通じてこれを一〇分し、その八を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

(甲事件について)

一  原告

1 被告は原告に対し、昭和四六年六月一日から昭和四七年五月二三日まで一か月につき金六万五一四五円、同年同月二四日から昭和四八年四月三〇日まで一か月につき金八万四四九五円、同年五月一日から昭和五〇年三月三一日まで一か月につき金一〇万九六五〇円、同年四月一日から昭和五一年五月三一日まで一か月につき金二〇万一二七四円の各割合による金員を支払え。

2 原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載一の土地の賃料は、昭和五一年六月一日以降一か月につき金二六万一五二八円であることを確認する。

3 被告は原告に対し、別紙利息計算表の各「不足額」欄記載の金員に対する各「利息始期」欄記載の日から各完済に至るまで年一割の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(乙事件について)

一  被告

1 原告は被告に対し、金六〇〇万円及びこれに対する昭和四四年六月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

二  原告

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(丙事件について)

一  被告

1 原告は被告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年六月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

二  原告

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二甲事件についての当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、被告に対し、昭和四四年六月二五日以降、別紙物件目録記載一の土地(以下「A土地」という。)を、普通建物所有の目的で賃貸している。

2  A土地の賃料は、昭和四五年五月一日以降一か月金四万五〇〇〇円に増額する旨、そのころ、原被告間の合意により改定された。

3(一)  右賃料は、その後のA土地の固定資産税、都市計画税等の公租公課の増額、地価の上昇、消費者物価の上昇、比隣の土地の賃料との較差の拡大等により、昭和四六年五月ころまでには低きに失するに至った。

(二) 原告は、被告に対し、昭和四六年五月三〇日に到達した書面をもって、A土地の賃料を同年同月一日から一か月金六万五一四五円に増額する旨の意思表示をした。

4(一)  その後も、前記3(一)と同様の事情の変更があった。

(二) そこで、原告は、被告に対し、いずれも以下の各日時に被告に到達した書面をもって、以下のとおりA土地の賃料を増額する旨の意思表示をした。

(1) 昭和四七年五月二三日

同年同月一日から一か月金八万四四九五円

(2) 昭和四八年四月二五日

同年五月一日から一か月金一〇万九六五〇円

(3) 昭和五〇年三月二五日

同年四月一日から一か月金二〇万一二七四円

(4) 昭和五一年五月一一日

同年六月一日から一か月金二六万一五二八円

5  したがって、A土地の一か月当りの賃料は、少なくとも前記各増額の意思表示がなされた以後の日である昭和四六年六月一日以降金六万五一四五円、昭和四七年五月二四日以降金八万四四九五円、昭和四八年五月一日以降金一〇万九六五〇円、昭和五〇年四月一日以降金二〇万一二七四円、昭和五一年六月一日以降金二六万一五二八円であるというべきである。

6  よって、原告は、被告に対し、(1)昭和四六年六月一日から昭和五一年五月三一日までの間のA土地の賃料として請求の趣旨1のとおりの支払を、(2)A土地の賃料が昭和五一年六月一日以降一か月につき金二六万一五二八円であることの確認を、(3)昭和四六年六月一日から昭和五五年五月二三日までの間の不足額(前記増額賃料月額から被告が供託した月額金四万九〇〇〇円を控除した金員)に対する各弁済期の翌日から完済に至るまでの間の年一割の割合による借地法一二条二項所定の利息として請求の趣旨3のとおりの支払をそれぞれ求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1の事実は認める。但し、A土地の面積は、二一一九・〇〇平方メートル(六四一坪)ではなく、六四五坪(二一三二・二三平方メートル)である。

2  同2の事実は認める。なお、A土地の賃料は、昭和四五年六月、原被告間の合意により、同年七月一日以降一か月金四万九〇〇〇円と改定された。

3  同3のうち、(一)の事実は否認し、(二)の事実は認める。

4  同4のうち、(一)の事実は否認し、(二)の事実は認める。

5  同5の事実は否認する。

三  抗弁

1  原告は、昭和四四年六月二五日、須貝正に対し、別紙図面記載のワイカヲワの各点を順次結ぶ線分で囲まれた部分の土地(以下「D土地」という。)とともにA土地の一部である別紙物件目録記載二の土地(以下「B土地」という。)を売渡した。

その結果、原告は、右売買により、B土地については賃貸人としての地位を喪失したといわなければならない。

2  A土地の賃貸借契約に際し作成された契約書の三条には、「地代については、一年目毎に協議して増減することを得るものとする。」旨定められているところ、右条項は、賃料の増額を請求する場合には先ず当事者間で協議をすべき旨を定めたものと解すべきであるから、右協議を経ずに一方的に賃料の増額を請求した場合には、その請求は無効といわなければならない。しかるに、原告は、本件各増額請求に際して、いずれも内容証明郵便で一方的に値上げの通告をするのみで、被告と協議しようとせず、また被告からの協議の申入に対しても何らの応答もしなかった。

よって、原告の本件各賃料増額請求は、いずれも無効というべきである。

3  被告は、原告の受領拒絶の意思が明らかなため、昭和四六年六月一日から昭和五五年四月末日までの賃料として一か月金四万九〇〇〇円の割合による金員を弁済のため供託した。

四  抗弁に対する答弁及び原告の主張

1  抗弁1のうち、原告が昭和四四年六月二五日須貝正に対しD土地を売渡したことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2のうち、A土地の賃貸借契約書三条に被告主張のとおりの条項が存することは認めるが、その余の事実は否認する。

そもそも、右条項は、昭和四一年の借地法改正前に定められたものであり、また右契約書においては、被告主張の文言に引き続いて、「但し協議成立に至るまでは従来の地代を支払うこと。」と規定されているところからすれば、右条項は、借地法一二条一項の規定を排除するものではなく、単に、賃料増減の額について協議が成立するまでの間は従来の賃料を支払っていれば賃料不払による債務不履行責任ひいては契約解除、土地明渡の問題は生じない、との趣旨に解すべきである。

また、本件土地の賃貸借においては、従前から賃料の問題、無断譲渡ないし無断転貸の問題等で原被告間に紛争が絶えず、昭和四六年五月の値上げ請求の際にも、被告は何らの理由も示さず「値上げ絶対反対」を言明していたのであるから、被告との間で賃料増額問題について協議することは不可能な状態にあった。

3  同3の事実は認める。

第三乙事件についての当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、前記のとおり、昭和四四年六月二五日当時、原告からA土地を普通建物所有の目的で借受けていた。

2(一)  原告は、従前から、須貝正に対し、D土地を賃貸していたのであるが、昭和四四年六月二五日、同人に対し、右土地及びA土地の一部であるB土地を売渡した。

(二) ところで、原告は、右売買に際し、B土地も須貝正に賃貸中の土地に含まれている旨同人を欺罔したため、同人は、右土地につき被告が賃借権を有するにもかかわらず、従前から自己が賃借して来た土地である旨誤信して右土地を買受け、その後間もなくして、別紙図面記載のヌタの各点を結ぶ線分上にブロック塀を設置するに至った。そのため、被告は、B土地を使用収益することができなくなり、被告のB土地の借地権は事実上侵害される結果となった。

3(一)  窪寺金蔵は、昭和三五年三月一五日、被告に対し、窪寺金蔵が被告に賃貸中の土地を第三者に売却するについては、被告と協議し、その同意を得る旨約した。

(二) しかるに、原告は、窪寺金蔵の右債務を相続により承継したにもかかわらず、前記2(一)の売買について被告と協議することなく無断でB土地を売却した。

4  被告は、原告の右不法行為又は債務不履行により、以下の損害を被った。

(一) 被告は、B土地の西側に存する被告所有の建物の東側部分を一、二階ともに一・五間(約二・七三メートル)幅で建増ししたうえで、右建物の二階においては、ボリューム組立作業場を開設し月間金三〇〇万円の純利益を、また右建物の一階においては、シャッターの生産設備事務室並びにその組立用品及び付属品等の整理室を開設し月間金一〇万円の純利益をそれぞれ上げる予定でいた。

(二) しかるに、前記借地権の侵害により、被告が当初予定していた右建物の増築が不可能となってしまったため、被告の右(一)の事業計画は、純利益において半減する見通しである。したがって、被告は、一か月当り金一五五万円、年額にして金一八六〇万円の損害を被ることになる。

5  よって、被告は、原告に対し、不法行為又は債務不履行による損害賠償請求権に基づき、内金六〇〇万円及びこれに対するB土地売却の日である昭和四四年六月二五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2(一)のうち、原告が須貝正に対しD土地を賃貸していたこと及び昭和四四年六月二五日同人に対し右土地を売渡したことは認めるが、その余の事実は否認する。

同(二)の事実は否認する。

3  同3の(一)及び(二)の事実は否認する。

4  同4の(一)及び(二)の事実は知らない。

第四丙事件についての当事者の主張

一  請求の原因

1  A土地の賃貸借契約においては、前記(第二の三2)のとおり、賃料の増額を請求する場合には、先ず当事者間において協議すべき旨約されていたにもかかわらず、原告は、単に内容証明郵便で一方的に値上げの通告をするのみで、被告と協議しようとせず、また被告からの協議の申入に対しても何らの応答をしない等右協議特約を一方的に無視する行為を繰り返した。

のみならず、原告は、昭和五〇年六月二一日、右一方的な賃料値上げ通告によって賃料増額の効果が発生したと主張して、本件甲事件を提起した。

2  被告は、原告のかかる協議特約違反及び不当訴訟に応訴を余儀なくされたことにより、甚大な精神的、肉体的苦痛を被ったが、これを慰謝するには金二〇〇万円をもって相当というべきである。

3  よって、被告は、原告に対し、右協議特約違反及び不当訴訟による損害賠償として金二〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年六月二三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する答弁及び原告の主張

1  請求の原因1のうち、A土地の賃貸借契約書三条に「地代については、一年目毎に協議して増減することを得るものとする。」との条項が存すること及び原告が被告主張のとおり甲事件を提起したことは認めるが、その余の事実は否認する。

なお、同1についての原告の主張は、第二の四2と同一である。

2  同2の事実は否認する。

第五証拠《省略》

理由

第一甲事件についての判断

一  請求の原因1の事実は、A土地の面積の点を除いて、当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁1について検討する。

後記第二の一及び二3のとおり、A土地のうち別紙図面のヲカヨルヲの各点を順次結ぶ線分で囲まれた部分一一・七一平方メートルの土地に関する原告と被告との間の賃貸借契約関係は、昭和四四年六月二五日の原告と須貝正との間の売買に伴い、法律上当然に、須貝正と被告との間に移転したといわなければならない。したがって、原告は、右同日、右土地部分に関する賃貸借契約関係から離脱したものというべく、それ以降は、被告に対し、A土地のうち右土地部分を除外した土地=別紙物件目録記載三の土地(以下「C土地」という。)のみを賃貸しているものといわなければならない。

三  請求の原因2、3(二)及び4(二)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

四  そこで、抗弁2について検討する。

1  賃貸借契約の三条に「地代については、一年目毎に協議して増減することを得るものとする。」旨定められていることは、当事者間に争いがない。

ところで、右条項は、当事者間で協議を尽しても協議が調わない場合にも、なお、賃貸人が借地法一二条一項による賃料の増額請求権を行使することを排除したものと解すべきではないが、賃貸人において賃料を増額しようとする場合には、先ず賃借人と協議を試み、その協議によって賃料を決定するように努めるべき作為義務を負担し、右協議を経ることなく賃料増額請求権を行使した場合には、右作為義務違反の結果として、賃料増額の効果は生じない趣旨の合意をしたものと解するのが相当である。もとより、右の場合において賃貸人がなすべき協議の内容・程度等は、当該協議に際しての賃借人の態度のほか、従前からの当事者間の賃料決定方法のあり方、その時の賃料と相当賃料との較差等当該具体的状況によって異なるものというべく、また、たとい賃貸人が協議を試みたとしても協議成立に至る余地がない等賃貸人に対し協議を試みるよう要求することが信義則上酷に失すると認められるような状況のもとにおいては、賃貸人は、協議を試みることなく賃料増額請求権を行使することが許されるというべきである。

2  これを本件についてみるに、前示一及び三の事実のほかに、《証拠省略》を総合すれば、

(一) A土地の賃料は、昭和二八年当時月額坪(三・三平方メートル)当り金一〇円と定められて以来、何回かにわたり、当事者間の協議により増額されて来たものであり、近時においても、当事者間の協議により、昭和四一年七月三一日ころ月額金四万一九二五円に、また、昭和四五年五月ころ同年五月一日以降月額金四万五〇〇〇円にそれぞれ増額されていること。

(二) ところで、原告は、賃貸人として約二〇の土地賃貸借契約を締結しているのであるが、それらの賃料増額交渉が従来から思うように進捗しなかったため、賃料増額の件を、昭和四六年五月ころ、本件の原告訴訟代理人である甲野太郎弁護士に依頼したこと。

(三) そこで、甲野弁護士は、A土地について、予め被告と折衝することもなく、昭和四六年五月三〇日到達した内容証明郵便をもって、賃料を月額金六万五一四五円に増額する旨を被告に通知したこと、その後しばらくして、被告らから要請があったため、甲野弁護士は賃料増額の件について須貝正の事務所へ出向いたのであるが、その場では、わずかな時間双方が自己の言い分を主張し合ったのみで、実質的な協議に入れなかったこと(ちなみに、被告は、昭和四六年六月三〇日、前記増額請求を受けて、本件土地の同年五月分及び六月分の賃料として合計金九万八〇〇〇円を供託している。)。

(四) ところで、被告は、昭和四五年五月ころから、原告がA土地につき約四坪(一三・二平方メートル)の借地権を侵害したとして、機会あるごとに原告に対し抗議を重ね、右問題の解決と賃料増額の問題とは不可分の問題であるとの見解に固執していたこと(なお、それにもかかわらず、昭和四五年五月ころ、A土地の賃料を四万五〇〇〇円に増額する旨の合意が成立したことは、先に認定したとおりである。)、それにもかかわらず、右問題を解決する為にもA土地を測量させてほしいとの原告の要請に対しては、これを受け容れず、昭和四七年七月ころには、原告が測量士らを同道のうえA土地の測量に臨んだが、その際の折衝も結局物別れに終り、測量についても被告の強い反対のため実施することができなかったこと。

(五) 原告代理人甲野弁護士は、右(三)及び(四)の事情もあったため、(三)の増額請求の後、被告との間に格別の折衝をすることもなく、内容証明郵便を送付する方法により、請求の原因4(二)記載のとおり賃料増額請求を重ね、昭和五〇年六月二一日には本件甲事件を提起したこと、これに対し、被告も、協議せよとの応答を形式的に繰り返すのみで、実質的な協議の機会を持とうとはしなかったこと。

(六) ところで、昭和四五年五月ころ定められた合意賃料(月額金四万五〇〇〇円)は、昭和四八年度以降は、固定資産税及び都市計画税の合計額にも満たないものとなり(昭和四八年度はその約〇・八七、昭和四九年度は約〇・六七、昭和五〇年度は約〇・四八となっていた。)、また、被告の供託賃料(月額金四万九〇〇〇円)も、昭和四八年度以降は右各税の合計額に満たないものとなっていたこと。

以上の各事実が認められる。なお、被告本人の供述中、A土地の賃料が昭和四五年六月ころの協議によって月額金四万九〇〇〇円と増額されたとの部分は、《証拠省略》に照らして措信することができない。そして、他にこれらの認定を覆すに足りる証拠はない。

3  2に認定した事実ことに従前の原被告間における賃料決定方式のあり方、本件各賃料増額請求に際し原告側がとった方法、これに対する被告の対応等に鑑みるならば、原告の、昭和四六年五月三〇日及び昭和四七年五月二三日に被告に到達した書面による各賃料増額の意思表示については、それらが当該具体的状況において要求される協議を経たうえでなされたものと認めることは困難であり、また、原告に対し、協議を試みるよう要求することが信義則上酷であるともいい難いので、右各賃料増額の意思表示はいずれも無効といわなければならない。

これに対し、原告の、昭和四八年四月二五日、昭和五〇年三月二五日及び昭和五一年五月一一日に被告に到達した書面による各賃料増額の意思表示については、2に認定した事実ことに(四)及び(五)の事情、《証拠省略》によって明らかな甲事件提起後の被告の賃料増額問題に対する対応並びに鑑定人田坂勇の鑑定の結果を伴せ考えると、右各増額の意思表示がなされた当時、原被告間の契約関係は、たとい原告が被告との間において賃料増額問題について協議の機会を持ったとしても、それによって適正な賃料額が決定される余地は全くなくなっており、ただ賃料改定の時期のみが徒らに遅延させられる結果となる状況にあったものというべく、したがって、原告に対し協議を試みるよう要求することが信義則上酷に失する事態に立ち到っていたものと解するを相当とする。よって、右各賃料増額の意思表示は、協議を経ることなくなされたものではあるが、いずれも有効というべきである。

五  そこで、C土地の相当賃料等について判断する。

1  先ず、C土地の面積について検討するに、《証拠省略》によれば、原被告間においては、従来、A土地の面積は六四五坪(二一三二・二三平方メートル)あるものとして賃貸借されて来たものであること、しかるに、昭和四五年五月ころから、被告は、原告に対し、昭和四四年六月二五日の原告と須貝正との間の売買に伴い約四坪(一三・二二平方メートル)の借地権が侵害されたとして、機会あるごとに抗議を重ね、その問題の解決を迫っていたこと、そこで、原告は、やむなく、昭和五〇年三月二五日被告に到達した賃料増額の意思表示以後、A土地の面積を、被告が問題としている四坪分を計算上差し引いた六四一坪(換算表によれば二一一九・〇〇平方メートルである。)として賃料の算定をすることとしたこと(これに対して、被告は、A土地の面積は六四五坪であると主張して争っていることは、本件記録上明らかである。)、ところで、被告に賃貸中のA土地を含む付近一帯の土地の面積については、昭和三三年三月以降測量したことがなく(もっとも、この時も、A土地そのものを測量の対象とし、その面積を求めたのではなかった。)、また、A土地を測量させてほしいとの原告の要請を被告が拒んでいるため、実測できない事情にあることがそれぞれ認められ、これらの認定を覆すに足りる証拠はない。以上の事実に前記二に説示したところをも併せ考えると、C土地の賃料を算定するに当っては、六四一坪を平方メートルに換算したところの二一一九・〇〇平方メートルをもってその面積であるとして算定するのが相当というべきである。

2  前掲鑑定の結果は、東京都中野区新井二丁目二〇番二宅地二一一九・〇〇平方メートルの土地の相当賃料の算定に当り、先ず、昭和五三年六月一日現在の相当賃料について、いわゆる積算法〔基礎価格(底地価格)に期待利回り(一パーセント)を乗じて得た額(純賃料)に必要経費を加算して算定する方式〕による試算結果といわゆる賃貸事例比較法(適正な賃貸事例を収集し、これと比較して算定する方法)による試算結果とを比較考量して、前者の方式による算定結果を採用することとしたうえ、昭和四八年五月一日、昭和五〇年四月一日及び昭和五一年六月一日現在の各相当賃料を、先の純賃料に変動率(総理府統計局発表に基づく消費者物価指数、周辺地域における賃料上昇率及び固定資産税等の負担額の変動率等を勘案して決定したもの。)を乗じたうえ、必要経費を加算することにより算定したものであるところ、右算定に当り必要経費として純賃料に加算した金員は、前記同所同番宅地二七一九・二七平方メートルに対する固定資産税額及び都市計画税額の合計額ではあるけれども(《証拠省略》によって明らかである。)、右算定方式により算定した昭和四五年の相当賃料は月額約金三万一六九三・五円となり(《証拠省略》に基づいて算定した。但し、変動率は、昭和四六年六月一日現在の相当賃料の算定に用いられたものをそのまま使用した。)、これは昭和四五年五月一日以降の合意賃料金四万五〇〇〇円を下回るものではあるが、《証拠省略》によって明らかなC土地が属する前記同所同番宅地二七一九・二七平方メートルの土地の評価額、固定資産税額、都市計画税額の推移、公知の事実である東京都における消費者物価動向等に照らし併せて考えるならば、妥当なものと解される。

そして、右鑑定の結果によれば、前記同所同番宅地二一一九・〇〇平方メートルの相当賃料は、昭和四八年五月一日当時月額金一〇万六五〇〇円、昭和五〇年四月一日当時月額金一八万六二七四円、昭和五一年六月一日当時月額金二〇万三八一〇円が相当というのである。

3  また、以上によれば、C土地の賃料については、賃料増額の意思表示が被告に到達した昭和四八年四月二五日、昭和五〇年三月二五日及び昭和五一年五月一一日当時、いずれも増額改定すべき時期が到来していたものと解するを相当とする。

4  そして、他に以上の結論を左右するに足りる証拠はない。

六1  以上説示したところによれば、C土地の一か月当りの賃料は、原告の賃料増額請求により、昭和四八年五月一日以降金一〇万六五〇〇円、昭和五〇年四月一日以降金一八万六二七四円、昭和五一年六月一日以降金二〇万三八一〇円にそれぞれ増額されたものと解するのを相当とする。これに対し、昭和四六年六月一日以降昭和四八年四月末日までの間は、従前の合意賃料どおり、一か月当り金四万五〇〇〇円であるといわなければならない。

2  抗弁3は当事者間に争いがないところである。したがって、被告は、昭和四六年六月一日以降昭和四八年四月末日までの間の賃料についてはその全額、また同年五月一日以降昭和五五年四月末日までの賃料については、月額金四万九〇〇〇円の限度で、その債務を免れたものというべきである。

3  よって、被告は、原告に対し、昭和四八年五月一日以降昭和五五年五月二三日までのC土地の賃料〔なお、同年同月一日以降二三日までの賃料は、日割計算により金一五万一二一三円(円未満切捨て)となる。〕につき、右1の増額された賃料(月額)から右2の被告が弁済供託した一か月当りの金員(金四万九〇〇〇円)を控除した不足額を、各月の末日限り支払うべき義務があるとともに、右各月の不足額に対する支払期の翌日である翌月一日から完済に至るまで年一割の割合による借地法一二条二項所定の利息をあわせて主文第一及び第三項記載のとおり支払うべき義務があるものといわなければならない。また、昭和五一年六月一日以降のC土地の賃料が一か月当り金二〇万三八一〇円であることは右1のとおりであるところ、被告はこれを争うものであるから、右賃料の確認をすべきである。

七  よって、原告の甲事件における請求は、六3の限度において理由があるが、その余は失当といわなければならない。

第二乙事件についての判断

一1  請求の原因1の事実及び同2(一)のうち、原告がD土地を須貝正に賃貸していたこと及び昭和四四年六月二五日同人に対し右土地を売渡したことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  ところで、被告は、「原告は、右売買に際し、B土地をも一緒に須貝正に売渡した。」旨主張するので検討するに、《証拠省略》によれば、原告の先代窪寺金蔵は、昭和二八年五月ころ、須貝正に対し、D土地を賃貸することとなったこと、D土地の面積は、昭和三三年三月の測量によれば、実測で一一六・〇五坪(三八五・一二平方メートル)あったこと、しかるに、原告が前記売買により須貝正に譲渡した土地の面積は、実測で三九六・八三平方メートルに及んでいること、ところで、右売買の以前から、D土地の東側及び北側は通路に面しており、また南側は鋼板製の塀によりA土地と区切られていたこと、以上の事実が認められ、これらの認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、原告は、前記売買に際し、D土地とともに、A土地のうちD土地の西側に接する部分一一・七一平方メートル(別紙図面のヲカヨルヲの各点を順次結ぶ線分で囲まれた部分)をも須貝正に売渡したものといわなければならない。

よって、被告の前記主張は、以上の限度で理由があるが、その余は採用することができない。

二1  そこで、請求の原因2(二)について検討するに、原告が前記売買に際し先の一一・七一平方メートルの土地も須貝正に賃貸中の土地である旨同人を欺罔したこと、同人がその旨誤信してD土地とともに右土地をも買受けたこと及びその結果右土地に関する従前からの使用収益状況が変更されるに至ったことの各事実を認めるに足りる証拠はない。

2  また、請求の原因3(一)の主張についても、これを認めるに足りる証拠はない(ちなみに、《証拠省略》中の和解条項の一(二)項は、A土地に関係のない条項というべきである。)。

3  そもそも、A土地の賃貸借契約が建物所有目的のものであることは当事者間に争いがなく、また《証拠省略》を併せ考えれば、被告はA土地上に二棟の建物を所有していること及び右各建物についてなされた登記は建物所在の地番において実際と若干相違してはいるものの、いずれも、建物の種類、構造、床面積等の記載と相まって、その登記の表示全体において当該建物の同一性を認識できる程度の相違であるというべきことが認められ、以上によれば、被告は、A土地の借地権をもって須貝正に対抗することができるといわなければならない。したがって、先の一一・七一平方メートルの土地に関する原告と被告との間の賃貸借関係は、前記売買に伴い特段の事情の存しない限り、須貝正と被告との間に移転したものと解すべく(そして、右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。)、たとい原告がA土地の一部である右一一・七一平方メートルの土地を須貝正に売渡したとしても、特段の事情が存しない限り、原告の不法行為責任ないし債務不履行責任は生じないと解すべきところ、本件においては、右特段の事情を肯認するに足りる証拠はない。

三  以上のとおりであるから、その余の点につき判断を進めるまでもなく、被告の乙事件における請求は理由がないといわなければならない。

第三丙事件についての判断

一  前記第一の四説示のとおり、原告の被告に対する五回の賃料増額の意思表示のうち、昭和四八年四月二五日、昭和五〇年三月二五日及び昭和五一年五月一一日に被告に到達した書面によるものについては、右各意思表示が協議を経ることなくなされたものではあるが、その当時、原被告間の契約関係は原告に対し協議を試みるよう要求することが信義則上酷に失する事態に立ち到っていたものと認められるので、賃貸借契約書三条に違反するものではないというべきである。

したがって、被告の丙事件における請求のうち、右各意思表示が右条項に違反してなされたものであることを理由とする部分は、協議特約違反に基づく請求にしろ、不当訴訟である旨の請求にしろ、いずれもその余の点につき判断するまでもなく理由がないといわなければならない。

二1  これに対し、昭和四六年五月三〇日及び昭和四七年五月二三日に被告に到達した書面による原告の賃料増額の意思表示は、いずれも賃貸借契約書三条所定の協議特約に違反してなされたもので無効というべく、したがってまた、原告の甲事件における請求のうち、右各意思表示を前提とする請求はいずれも理由がないというべきことは、前記第一の四説示のとおりである。

2  そこで先ず、右各意思表示を前提とする甲事件の提起追行が不当訴訟である旨の被告の請求について検討するに、一般に訴の提起、追行をもって不法行為に該当するというためには、それが、訴の目的その他諸般の事情からみて公序良俗に反するものであることを要すると解するを相当とするところ、本件においては、原告の甲事件の提起、追行につき、右の点を肯認するに足りる証拠は全くないといわなければならない。

よって、被告の右請求は理由がないものというべきである。

3  また、協議特約違反に基づく請求についても、右各意思表示が前記特約に違反してなされたことにより被告が被った損害について検討してみるに、そもそも、前記第一の四説示のとおり、右特約に違反してなされた賃料増額の意思表示は、それ自体無効であって、賃料増額の効果は生じないものと解すべきであるから、原告の右各増額の意思表示によっても従前の賃料が増額されたことにはならないことに鑑みるならば、本件全証拠によっても、前記第一の四2の事情のもとになされた右各意思表示によって被告が慰謝されるべき精神的損害を被ったものと解することは未だ困難といわなければならない。

よって、被告の右請求もまた理由がないものというべきである。

三  以上のとおりであるから、被告の丙事件における請求は理由がないものといわなければならない。

第四結論

以上の次第で、原告の甲事件における請求は第一の六3の限度において理由があるからその限りでこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、被告の乙事件及び丙事件における各請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊昭 裁判官 増山宏 金井康雄)

〈以下省略〉

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